1936年(昭和11年)創業、東京を代表する酒場のひとつ、自由が丘「金田」。そこはお酒飲みの先輩たちに「金田酒学校」と呼ばれ親しまれてきた場所。単なる居酒屋の域を越え、80年の歴史と今を結ぶ名勝です。
藍色ののれんの向こうに、長い時の間に通った大勢の笑い声がカウンターや短冊に染み込んでいます。
自由が丘駅から徒歩1分。古着屋やカフェの印象が自由が丘の一般的な姿でしょう。ですが、この街の奥行きはこの界隈にあり。
東急東横線の開通にあわせて自由が丘駅が開業したのは1927年(昭和2年)のこと。それから9年後、屋台から始まった「金田」が創業。それから脈々と愛され続け、いま私たちの目の前に暖簾が掲げられている。それはとっても素敵なことです。
二度に移転を経て現在の店舗になったと聞きます。一階は2連のコの字カウンター。勘定台を中心に奥の厨房まで見渡せ、まるで舞台のよう。壁に並ぶ短冊から今宵の献立を組み立てつつ、まずは一杯目に生ビールを。
金田は、サッポロビール。
酒場ではあるものの、生ビールの状態はビヤホールに肩を並べる質のよさ。フロスティミストが渦を巻き、クリーム状の泡をふっくら持ち上げた美しい姿です。乾杯!
お通しはサービスのスープ豆腐。乾燥と冷えからくる緊張が、生ビール黒ラベル(600円)とスープ豆腐によって優しくなります。
毎日書き変わる品書き。お造り、蒸し物、煮物に焼き物と並ぶ顔ぶれは割烹や料理屋です。料理長は京都の懐石料理で修行した人といえば納得でしょう。価格は緩急が効いていて、高級は虎ふぐの刺身で2,300円。胡麻豆腐は店で時間をかけて胡麻を煎るところからつくる名物でこちらは580円。
築地の魚河岸に通い仕入れる鮮魚は絶品揃い。かわはぎ刺身(1,850円)は活魚からの見事な薄造り。たっぷりの肝と丁寧な仕事が伝わってくる薬味で、眺めているだけで黒ラベルが進みます。
肝は溶かさず刺身で巻いて、ちょんと先端に風味を付ける程度に醤油をつけて口へ運べば、口の中は甘さとねっとりとしたコク、爽やかな余韻がずっと続きます。ある程度食べたところで、次は肝を醤油に溶かし刺身を数枚一度に掴み肝醤油に潜らせ一口。
と、くれば、やはり次は日本酒でしょう。金田の日本酒は灘の下り酒・菊正宗が定番。(1合450円)
同じく灘の酒蔵・白鹿(500円)、そして茨城県 真壁町の花の井(430円)が脇を固めています。
富山の白エビと悩むも、子持シャコ(730円)の響きに心が揺れてこちらをひとつ。愛知県産とのこと。中指ほどはある大きく肉厚のもの。噛むほどに旨味が広がるいいものです。
何本か徳利を空けた後は、〆の瓶ビール(690円)。金田の風景そのものとも言える赤星を傾け口に運べば、自分も金田の景色にそまれる気がします。
椀物で(美味)タラ汁とかかれた一品を。美味しいから金田に飲みに来ているのに、さらに品書きで「美味」とまで書かれてしまうと検討する隙間を与えられていないよう。
730円と一品料理の価格と同等ですが、箸を入れてわかる具の多さ。なんとつゆの下には大量の白子が潜んでいます。白味噌煮とでもいいましょうか、美味と書かれた理由、よくわかりました。
人気のお店で次々と人が入れ替わり、二階で宴会するご隠居さんたちも行き来する店内ですが、不思議なほどに落ち着きを感じます。声高のしゃべる人もいなければ、注文を通そうと無理に店員さんを呼び止める人もいない。老若男女さまざまな人達が集まっているのに、金田は常に楽しい雰囲気の中でもぴしっとしているのです。
「酒の学校、金田」と呼ばれた理由がそこにあり、先輩方が守ってきたものが受け継がれています。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
金田
03-3717-7352
東京都目黒区自由が丘1-11-4
17:00~22:00(日祝定休)
予算3,500円