ご紹介する「花の家」は、なんと戦前から続く焼きそばの老舗。
東京の大衆食といえば、もんじゃやもつ焼きが挙げられますが、いやいや、焼きそばだって立派な街場の味なのです。
戦前は銀座に屋台で売り歩き、戦後は千駄木の不忍通りで焼きそばとサケを売るお店として、店名もなく「やきそば屋」として地元の人の空腹を満たしてたという。その後、東京オリンピックを前にして不忍通りの拡張による立ち退きで現在の場所に店を構えたのだそうで、創業は屋台時代からいれると80年近い。
1930年代創業の老舗
店名の「花の家」は、現在の女将さんのお母さんが「花ちゃん」だったから、当時の地元の常連さんたちがお金を出し合って「花ちゃんの家だから”花の家”」と作ってくれたのがきっかけ。「屋」ではなく「家」なのは、集団就職でやってきた地方出身者たちから、母親のようにこの店が親しまれていたから、東京の母への想いをこめて付けられたものと、嬉しそうに女将さんが話します。
移転したとはいえ、それもオリンピック以前のこと。随所に昭和の残り香があり、酒場好き、昭和の空間を親しむ私にはたまらない眺めです。
今宵は、焼きそば探訪家の塩崎さん(HP)のお誘いで、居酒屋礼賛の浜田さん(HP)と一緒。老舗酒場を愛でる楽しい時間に乾杯。
焼きそばを看板料理にした酒場、ではなく、アルコールと酒場的な献立のある焼きそば屋というのがここの正しい定義。営業時間は21時までと短いのもそれを表しています。女将さんひとりで守るお店ながら、料理もアルコールも行き届き、実に清々しい気分になります。
そら豆を間にはさみつつ、千駄木の戦後史を伺い飲む。今宵もいいお酒です。
軽くつまみにと、しらたきのたらこ和え。焼きそば屋が酒場的になっている、というには片手間とは思えません。次のおつまみが期待できます。
てづくり家庭料理をつまむ
銀だら煮(800円)がちょうどいいタイミングで出来上がりました。脂ののり、味の染み具合のバランスが絶妙で、箸をすっと通すと、若干の弾力で身がほぐれます。東京らしい醤油と味醂を濃くつかった味付けに、ほっぺが落ちてしまいそう。
黒ラベルが次々と空いていき、そろそろ生レモンハイがきになる頃合い。注文を受けて女将さんが絞りはじめるたっぷりのレモン果汁をいれた酸っぱくキリっとした味です。甲類がたっぷり入ってますが、レモンの味で度数を感じない、台東区で酩酊してしまう時の例のあの酎ハイです。
老舗の証、赤い星マークのジョッキが当たり前のように現役。
昭和の値段そのままの焼きそば
長年値上げしていないことが見るからに伝わってくる焼きそばの品書き。小は350円と、飲みのシメに一人で摘んでいきたいお手頃感。
長年使い続けて中央部が削られやや薄くなっているように見える鉄板に、手際よく油を広げ肉片を入れ、キャベツ、麺を載せていき、リズムよく炒めて合わせていく。一旦焼きそばを端に寄せて、玉子を落としたらその上にそばを戻し、ぐるりと返して出来上がり。
焼きそば肉玉子のせ。
青のり、追いソースをお好みでかけて、ほら、すっごく美味しい!焼きそばをつまみに飲むというのは、あまりメジャーではないものの、大衆酒場のつまみとして十分の役を果たしてくれます。
焼きそばに合わせる飲み物を考えましたが、ビールはもちろんのこと、実はレモンハイがビールを越えるくらいに合うように思います。焼きそば×生レモンハイ、鉄板の組み合わせをぜひ。
そろそろいい時間。楽しいひとときをありがとうございます。また近くに来た際にはかならず焼きそばで飲みに立ち寄ります。周辺の酒場は名店揃い、さて、次に梯子をかけましょうか。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)