上野の路地裏には、時が止まったかのような場所があります。昭和20年から続く焼肉店『とらじ亭』。戦後の闇市から始まったというこの店のカウンターで、今夜はこっそり一人焼肉で乾杯!煙も匂いも活気もすべてが酒の肴。焼肉マニアだけでなく、酒場好きにも知っていただきたい、手頃感が嬉しい大衆焼肉の名店をご紹介します。
ヤミ市由来のカウンターで楽しむ二軒目焼肉

湯島で軽く日本酒を数杯。いい気分になったところで、「そういえば、ちゃんとしたものを食べていないな」と思い出しました。
ふらふらと足が向かうのは、自然と上野六丁目界隈。老舗の町中華、渋いお寿司屋さん、大好きな酒場たち。心をくすぐる名店がひしめくこのエリアで、いま一番食べたいのは…焼肉!
焼肉店が集まる角があり、ここを歩くとどうしても気分は焼肉になります。となれば、目指すは『とらじ亭』しかありません。
暖簾をくぐると、そこはもう別世界。にんにくと肉の焼ける香ばしい匂いが一気に体を包み込み、お客さんたちの楽しそうな話し声がBGMのように響きます。一瞬で昭和に引き戻されるこの感覚。エモいとかそういう言葉では表せない、熱気と圧倒的な実在感で、目が覚める気分。

夕方の早い時間はいつもいっぱいで、予約なしではまず入れません。でも今夜は20時過ぎ、入れるようです。酒場好きの特等席ともいえる1階の細長いカウンターに、ちょうど一席分の空間が私を待っていました。
このお店、昭和20年、終戦直後の闇市で5坪のバラックから始まったのだそう。創業者がト畜場を手伝い、分けてもらった内臓肉を出したのが原点。店名の「とらじ」は、故郷・済州島に咲く桔梗の花が由来。ちなみに、カタカナで書くトラジとは関係のない、4代続いてきた個人店です。
最高の相棒と、最高の焼肉を

まずはチャミスルを。最初はストレートでくいっと一口、喉を刺激して。それからロックでのんびりと。この独特の甘さが、なぜだか無性に焼肉に合うんですよね。

「はい、どうぞ」と無造作に置かれたお通しは、自家製のキムチと大豆もやしナムル。これがまた、いい味。しっかり辛くて、旨味も深い。これだけで延々と飲めてしまいそう。
目の前では、店員さんが手際よく、居酒屋の鍋物に使うような昔ながらの卓上ガスコンロに火をつけてくれました。ジンギスカン鍋みたいに真ん中が盛り上がった鉄板。さあ、始めましょう。

最初に頼んだツラミが運ばれてきて、思わず「えっ」と声が漏れました。このボリュームで880円は、”コスパ”に厳しい人も頷いてくれそう。まるで20年前のお値段。

だからこそ、一軒目でそこそこ飲んでいても気軽に来れちゃうんですよね。

熱々の鉄板にのせると、「ジュウウッ」という最高の音が響きます。ツラミ特有の歯ごたえのある食感、噛むほどにあふれる濃い旨味。

そこに、これでもかと効いたにんにくダレを絡ませて――。

頬張って、余韻そのままにチャミスルで追いかける。ほろ酔いのブーストもかかっているから、笑ってしまうほど楽しい!女将さんとの会話も弾みます。

勢いに乗って、次はカルビを。盛りの良さはもちろん、サシの入り方が美しい。

とろけるような脂の甘みを堪能したら、すかさずサンチュの出番です。

焼いたカルビとお通しのキムチを一緒にくるりと巻いて一口。


肉の旨味、キムチの酸味、サンチュの清涼感が口の中でひとつになる。

飲み物もメガサイズのウーロンハイ(770円)にチェンジ。濃いめの焼肉には、さっぱりしたウーロンハイがよく合います。

この〆を知らずに帰れない

もうだいぶ満腹です。でも、この店の名物「炒めピビンパ」を食べずには終われません。予め焼いて提供してくれるピリ辛の炒めごはん。香ばしい匂いに誘われてレンゲが進む。中には牛すじも隠れていて、旨味の奥行きがものすごく深いです。
隣に座った教師風の二人組は、ホルモン鍋をつついていました。それも美味しそう。一人で黙々と肉と向き合う夜もよいですし、仲間と鍋を囲んでワイワイやる夜もいいですね!
今の上野では貴重な大衆焼肉

お洒落もなく快適でもありません。良くも悪くも昭和のまま。服や髪には焼肉の匂いがつきます。ですが、煙も歴史も酒飲みの活気も、そのすべてを「ごちそう」だと思える人なら、『とらじ亭』はきっと大好きな店になるはず。私はすぐにでもまた行きたい!
店舗詳細


店名 | 焼肉・ホルモン料理とらじ亭 上野御徒町本店 |
住所 | 東京都台東区上野6丁目3−11 尾中 ビル |
営業時間 | 17時00分~22時00分 火水定休 |
創業 | 1945年 |