飲んでいると、となりのお客さんが「明日は水曜日ですから、今日はしっかり飲みましょう」という言葉が聞こえてきました。
ここは築地市場近くにある路地裏の酒場「はなふさ」です。
店の周辺は市場関係の商店が多く、荷物を積んだターレーの姿も。早朝からお昼ごろまで活気あふれるこの界隈ですが、夜の帳が下りた頃はしんと静まり、街並みにぼんやり灯る飲み屋の灯りはどれも魅惑的です。古参の「はなふさ」は、この界隈の酒場ではノンベエに知られた存在です。
創業は1931年(昭和6年)。築地市場がこの地に解説されたのは、それから4年後の1935年(昭和10年)なのですから、その歴史は市場より長いです。きっと、創業当初は築地市場の建設に携わる人達で賑わったのでしょう。
いまは、市場関連で働く人々のオアシスとして賑わいます。近隣には住宅もあり、意外なほど「つっかけ」で飲みに来るような人の姿をみかけます。
小料理屋のような店構えに気後れせずに暖簾をくぐれば、そこに広がるのは庶民的なL字カウンターと、「美味しいものをつくるよ!」と、全身からオーラを出している二人の板前さんが迎えてくださいます。
大きくないお店なのですが、1人ならば飛び込みでもなんとかなるかも。
提げられた短冊は、魚好きの心を鷲掴みするような顔ぶれが勢揃い。大羽いわし塩焼きにかつお刺し、ホタルイカにホッキ貝、そいの塩焼きも美味しそう。名物はアジフライで、酒の肴ように食べやすい大きさになっています。これにソースではなく、醤油をかけて…
と、その前にビールから。
ホタルイカ酢味噌などが盛られたお通しと一緒に登場。赤星こと、サッポロラガー。1994年までは、サッポロビールの本社はここ中央区にあり、歴史あるお店はサッポロ率が高く、「はなふさ」もその一軒です。
キンキンに冷えた大びんをトトトと注いで、それでは乾杯。
悩ましい料理の数々の中に発見、青柳刺身(780円)。東京で春の貝といえば青柳と呼ばれ、別名の馬珂貝は春の季語にもなっています。このぷりっとした身と、ぴんとした剣先が新鮮の証。
わさびを軽く載せ、ちょんとお醤油をつけて口へ。甘く海の深みがじんわり広がります。その余韻には日本酒だけでなく、140年以上続く日本最古のビール・赤星だってもちろんあいます。
青柳といっしょに頼んでいたなめたかれい煮付けも出来上がり。半身でも大皿いっぱい広がる巨大カレイは肉厚です。ホクホクさと染み込み具合も加減もちょうどいい火加減。甘さを大人しめの味付けで、カレイの脂のコクと絶妙なバランスです。
あわせるお酒はどれにしましょう。美味しい魚は酒を呼び、美酒もまた魚を呼びます。料理にはホヤや鯨、冬季は三陸牡蠣と東北色があり、お酒もまた同様です。
なめたかれいは三陸が名産。となれば、お酒はも岩手県の銘酒・あさ開を。本醸造(300ml瓶900円)で、ちびりちびりと北東北に思いを馳せて酔いを進めます。
ご近所にお住まいの方と新富町界隈の情報交換をしつつ、意気投合して乾杯。お隣さんは菊正宗のお燗と谷中生姜。渋い飲み方に刺激され、私も水なす浅漬けで、お酒をもう一つ。
新富町、築地の界隈は名店がひっそり路地裏のビルの影で営業をしています。市場の移転を迎えても、どうかこういう酒場がいつまでも続いてくださいますように。
「明日、水曜か、じゃあお酒をもう一本!」と、終始ごきげんに飲んでいる会社員グループ。水曜休みの業界といえば、まさに市場関係。仲買さんや魚を扱う人たちの息抜きの場として、今日も変わらず暖簾を掲げます。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
はなふさ
03-3546-1273
東京都中央区築地7-14-7
17:00~23:00(土日祝定休)
予算3,000円