熱海の夜といえば、一昔前は旅館の大広間で、教科書通りの夕食を食べて、部屋で冷蔵庫にある瓶ビールを抜き取り、それを傾けおしまいでした。確かに、バブルのときは熱海銀座は賑わいましたが、あれはお水の色が強く、いまはすっかり静かになっています。
そうしてきれいに残った熱海の老舗の飲み屋たち。そこには、相模湾の幸と伊豆のお酒を楽しめる地元の人御用達の違った熱海の表情がありました。
新幹線ならば東京から一時間もかからない場所。平日の仕事終わりにお手軽温泉旅行として熱海を選ぶ、なんて人も多いとか。旅情を楽しむならば、東海道線の特急踊り子で、駅弁と缶ビールを持って列車旅という選択も十分にあります。
いつものごとく、居酒屋が開くまでしばし観光を。熱海のロープウェイなんて、何年ぶりでしょう。
熱海の市内観光に便利な周回路線バス、熱海市内名所めぐり 「湯~遊~バス」(東海バス)が走り、熱海城も起雲閣もお宮の松も、このバスだけでカバー。昔よりもだいぶ巡りやすくなりました。
若者でごった返す秘宝館の横を抜け、熱海城へ。熱海は天領で殿様はいませんでしたので、熱海のお城は観光城。それでも岬の突端にあるため、天守閣から熱海市街を一望する絶景があり、これもまた、意外といい感じ。昔来たころは、小学生でした。
温泉が湧き、バブルにも湧いた熱海。歓楽街の中心である熱海銀座はいまはすっかり落ち着いています。かつての栄光を残す丸源ビルもいまは撤去を待つばかり。
そこには箱根の湧水と熱海桜などの豊かな植物、そして、地元の人に慕われてきた老舗の酒場だけが残りました。
目指す酒場は「大衆割烹鳥秀」。路地に入ったその先にあり、観光客には気づかれない地元の人の隠れ家です。
敷居高く見えながら、扉を開けるとまるで別世界。一升瓶で焼酎をキープしてているようなお父さんや、1人飲みがカッコイイお姉さん、そして家族連れまで老若男女の大賑わい。L字カウンターと小上がりが広がる店内に、お店を営むご夫婦の笑顔が輝やいています。
常連さんが席を詰めてくださり、なんとかひと席用意していただきました。聞けば、地元の酒屋さんだとか。一緒に飲んでいる人はタクシーの運転手さん。
ビールは生樽のアサヒスーパードライ(600円)、瓶では伊豆限定ラベルのサッポロ黒ラベル(600円)が用意されています。
大将の「おつかれさま」の声を頂きつつ、それでは乾杯!
昔懐かしい500mlサイズの中ジョッキが嬉しいです。
刺身、煮物、揚げものと一通りあり、焼鳥から小鉢までさまざま。地元の伊豆半島のお酒も揃っています。
右隣のお客さんは旅館の仲居さん。タクシーや酒屋さん、そして旅館の人まで、観光地で働く人々の仕事終わりの一軒として親しまれています。そんな皆さんのおすすめは、真鶴・湯河原でとれるめかぶ。
派手さはありませせんが、これでじっくり飲めればいい気分。ねっとり、粘り気があって磯の味が濃いです。
魚が揃ったネタケース。刺身や焼き魚も豊富。観光客向けではないので、特別花がある内容ではないですが、じっくり飲んで「飲み屋っていいなー」という内容ばかり。小上がりにいらっしゃるお姉さま方は、東京から熱海に移住されて長い方だそう。熱海で飲みたいお店で、頻繁に通うのはこちらだそう。
焼鳥から揚げものまで美味しいよと、女将さん。
さらにいらしたお客さんは旅館てお布団を敷きおえたお姉さん。観光産業の街ならではの人々の仕事終わりがあり、みんなの行きつけがあるというのは素敵なこと。これこそ、熱海の街のリアルな姿ではないでしょうか。
何十年も続く酒場なのに、隅々まで手入れがされていて心地よさも十分。笑顔がチャーミングな女将さんと、魚にうるさい職人気質なご主人が守る暖簾。地元の食好きを唸らせる料理を普段使いできる価格で提供するよき酒場です。
鳥秀に来たくて東京から新幹線で日帰りというご夫婦と盛り上がり、熱海の夜の情報交換。気がつけばいい時間に。そろそろバーへ行きますか。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ 取材協力/熱海市)
鳥秀
0557-81-4693
静岡県熱海市銀座町4-14