旅先の酒場に求めるもの、それは単に郷土料理や地酒というだけでなく、土地の人とのふれあいも重要です。日本各地でよき酒場に出会えてきましたが、佐賀の久坊は人、肴、酒のすべてが素晴らしく、格別の魅力を感じた酒場です。
久坊で飲むために佐賀で一泊宿をとるのはやぶさかではありません。
ところで、長崎と福岡の間は何度も移動していますが、実は佐賀駅で降りた経験はありませんでした。というのも、博多駅から特急列車で40分の所要時間であり、そうなれば酒の重力の強い福岡での宿泊を選んでしまうもの。今回はそんな佐賀へ、酒場探しに向かいました。
博多駅から長崎駅を結ぶJR九州の特急かもめに乗車。
キヨスクで購入した缶酎ハイを飲みながら、列車は筑後平野を南へ走ります。JR九州の特急列車は形式ごとに趣向を凝らしたデザインなので、乗車中も楽しいものです。
あっという間に佐賀駅。新幹線駅のような高架ホームで、福岡方面の通勤列車も次々と発着します。雰囲気は福岡のベッドタウンのよう。
面浮立(めんぶりゅう)像が迎える佐賀駅。面浮立とは豊作を祝う神事で、佐賀に伝わる郷土芸能です。佐賀の繁華街はここから県庁のある南へ唐人や白山地域にありますが、目的のお店はJR長崎本線の高架沿いを西へ3分ほど歩いた場所にあります。
久坊。創業は1981年で、東京で和食修業をしたご主人が故郷に帰って開いた居酒屋です。現在は二代目の息子さんが厨房にたち、親子二人三脚で切り盛りしています。店は広く入り口はふたつ。手前の引き戸から入れば、ご主人が立つカウンターが目の前になるので、こちらからどうぞ。
大箱で100席ほどあるといいますが、宴会が入らなければ使用するのはカウンターとその前のテーブル席、奥の小上がりくらいだそう。宴会場は奥や二階になるので、ぱっと見た感じでは程よいサイズで落ち着く大きさです。
ビールは生がアサヒ、瓶でキリンのクラシックラガーを用意しています。九州とはいえまだ寒く、一杯目はちびりと瓶ビールで始めたい。では乾杯。
さて、種類が多く一品目をどうしようか、迷う迷う。100種類ぐらいでしょうか。郷土料理を郷土料理と飾らずに、びっちりと並べてあります。鯛わたに豚足、ホイコーローにニューメンまであります。刺身の数も膨大で、海鮮系の酒場に興味がある方ならば、この品書きだけで店の力が伝わるのではないでしょうか。
釣りが趣味という大将、自ら朝に釣ってきた魚をメニューに入れるのも当たり前だそう。カジキマグロや海茸、ムツゴロウなんてのも季節によって加わるとのこと。
手書きの品書きだけでなく、さらに定番メニューが冊子で置いてあります。ご主人、料理が本当にお好きなんです。ご本人は、店で一息ついてお酒を飲むことと釣り、ゴルフの3つが趣味だとおっしゃっていますが(笑)
目の前の大皿にある炊いた芝海老をまずはもらいましょう。薄く甘い味付けで夢中で食べてしまいます。
肴は種類が多く悩みますから、そうしたら素直にどんなものが良いか聞く事をおすすめましす。酒場の価格で地場の料理を教えてくれますから。
「ビールに合わせてこんなのはどうだい」と出してくれたタイラガイのヒモと寒鱈の白子。どちらも市場で今朝仕入れた土地のものだそう。お酒飲みのご主人、メインの調理は息子さんに任せて、会話しながら美味しいものをちょこちょこと持ってきてくれました。
せっかく佐賀に来たのですから、佐賀牛を食べないと。店の向かい側の精肉店とは昔からの親友だそうで、上等な肉の端っこを安く譲ってもらっているらしい。ステーキとなれば千円以上になりますが、これは1本350円。脂の入り具合もよく、非常に美味。なるほど、たしかに上等な肉は端っこでも上等です。
お手伝いの男の子や慣れた手つきで接客をこなすお姉さんも、とても酒場向きな気質の方で、ご主人も交えて料理話に花が咲きます。
これも食べていって、と一人なので小鉢サイズにしてくれた、地元で水揚げされた生本まぐろの中とろを漬けにしたもの。佐賀のご当地醤油の甘い味にまぐろの脂が合わさって、たまらなく酒を求める味わい。
九州は焼酎優勢ではあるものの、佐賀は米どころで日本酒も全国的に知られる有名銘柄を次々と育てています。ご主人のおすすめ、小城市の天山を上燗でいただきます。説明するまでもなく、土地の肴とよく合います。
店の隅に置かれた柿と牡蠣。笑いをとろうとしているのではなく、なんとなく並んだらしい。殻付カキは6個焼いて500円と、値段設定を間違えていないかお店の利益が心配になる価格。
有明湾でとれる真牡蠣は今が旬。広島や東北が産地として知られますが、九州では有明湾はちょっとした牡蠣の名産地です。
焼いてもこのサイズ。肉厚でジューシー。クサミの一切ない海の美味しいところだけ。そこに合わせるお酒は…
ご主人のおすすめ、芋焼酎のお湯割り、もちろんジョカ(千代香と書きます)で燗をつけたもの。遠方から来たお客さんにはジョカで飲んでもらうと感動してくれるとはしゃぐご主人。その通り、特に冬のジョカの燗は最高です。
お客さんの接客は一通り終えて、宴会のお客さん向けの料理は息子さんがこなしつつ、ご主人はカウンターにでてきて早めの「おつかれさまの一杯」。天山の生貯蔵を注ぎあって、東京の修行時代や釣り仲間の話、女子プロゴルファーの常連さんの話など、話題は途切れることなく、美味しく楽しいひとときを過ごさせていただきました。
佐賀に泊まる目的になる「久坊」。おすすめです。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
久坊
0952-22-1134
佐賀県佐賀市神野西1-8-1
17:00~22:00(昼営業あり・日祝は17:00~21:00・不定休)
予算2,800円