1951年(昭和26年)、新宿・角筈の寄席・末廣亭の近くに、一軒の居酒屋が誕生しました。それは、新宿の中心といっても過言ではなく、文豪や映画監督、歌手、ダンサー、大学教授まで、新宿に集う人々の坩堝として、現在まで様々な人に愛されてきました。新宿の光景のひとつとして「どん底」はそこにあります。
創業者の矢野智氏が俳優を目指し、最初の舞台が「どん底」だったことが店名の由来です。新宿はいまでこそギラギラと光るネオンとチェーン居酒屋の街になりつつありますが、私が幼少の頃はもっと文化的な空気が漂う異様な土地でした。
愛川欽也氏に三輪明宏氏、黒柳徹子氏なども通ったどん底は、芸能の神様である花園神社とセットで、文化の真ん中にあるように思ったものです。
現在も、新宿三丁目のこの一画は、まだまだあの頃の新宿が残っているようで、「池林房」「鳥田むら」「鼎」などとともに他の飲食店とは別格で想いいれがあります。
そんなどん底が2016年、池林房の隣に姉妹店「ナドニエ」をオープン。正直、あのどん底が21世紀もだいぶ経った頃に動きがあるとは思っておらず、心底驚きました。
飲食店ビルの3階、階段をてくてく登るときの感覚は、どこか本店のどん底へ入る路地を歩く気分と似ています。そして、重い扉の向こう、素敵な酒場の世界がぱっと広がるのも、初めてどん底へ父が連れて行ってくれたときを思い出します。
バックバーに並ぶきらびやかな洋酒たち、薄明かりの中で微笑む人々。やっぱりここはどん底です。
ドリンクの種類は豊富で、ざっと50種類はあります。ここに組み合わせでカクテルが入りますから、何を飲もうか悩むならば最初からここにくれば間違いないといったところ。
先生、マティーニが飲みたいです。
ウィスキーのバリエーションは、オーセンティックバーにも負けないほど。定番はデュワーズ ホワイトラベル。
新宿で遊ぶ人たちにはおなじみの名物ロングカクテルがありますが、やはり最初はビールが飲みたい。生ビールは東京生まれの麦酒、ヱビス。もともと新宿三丁目にはヱビスやサッポロを扱うお店が非常に多く、街とビール社の歩む長い歴史にレガシィを感じます。
それでは乾杯!状態が抜群によく、脚付き380が心地よく空になっていきます。
欧風料理のメニューは、より本格的なものが加わっているようです。これまで、どん底は焼鳥の「車屋」や、焼肉の「長春館」で食事をした次にいく”二軒目”だっと人も、一軒目として提案したい。それからゴールデン街なり、ジャズバー「DUG」へ流れるのがかっこいいんじゃない。
名物のミックスピザは、ナドニエにも継承されています。
ナドニエは実は3店舗目。2号店は、なんと1975年にスペイン・マドリードでオープンし、現在に続いています。それが関係するのか、そもそも矢野智氏のスペイン好きによるものかはわかりませんが、スペイン料理が充実しています。
お通しはバケット。少し飲んできた口に、バケットの食感が楽しい。
ナドニエMIXサラダは900円。しっかりとボリュームがあり、珍しい葉物がはいりつつも、卵やサラミでお酒のつまみにもなる優秀な一皿。
新宿の老舗の流れを汲む空間で飲む赤星は、安定した幸せを感じます。あぁ、今宵もいい気分。
マルケス・デ・リスカル ティント・レセルバ 2011、スペイン・リオハ地方のワインを。バニラフレーバーの香りが特長的。樽熟成のあとに瓶熟成を加えたもので、余韻が適度に残る味わい。ナドニエのようなお店にぴったり、新宿の夜を楽しむワインです。
お待たせしました!ドンカク!ではなくて、ナドニエカクテル(650円)です。
どん底の名物カクテル「ドンカク」は新宿における元祖酎ハイと言われているもので、甲類焼酎をベースにした独特な酎ハイ。詩人・文豪が「ドンカク」を作品の中に多数登場させている文化の街・新宿を代表するドリンクなのですが、ナドニエでは、洋酒ベースの異なる趣向のもの。ドンカクと並ぶ、新たなドリンクとして熟成していくのが楽しみです。
飲んできたところで、ヱビス プレミアムブラックを。なぜでしょう、酔が進むと黒ヱビスが欲しくなります。
そして、おつまみにはどん底MIXピザ。新宿が遊び場だった私の両親はきっと、結婚する前のデートでこれをつまんだことでしょう。私もどん底デートで真似をしたものです。
喫茶店のピザのようで、どこか懐かしい昭和の見た目。チーズたっぷりで具が隠れています。
ナドニエは、どん底以上に大人が寛ぐ空間になっています。客層も、やはり新宿らしく老若男女幅広く、職業もまた様々なようです。
こちらはテーブル席でゆったり過ごせるので、新宿で遊んできた同級生や長年の友とゆっくりと語り合うのにも最適です。
久しぶりに、大人の新宿へ遊びに行きませんか。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ 取材協力/サッポロビール株式会社)
NADNYE (ナドニエ)
03-6457-8030
東京都新宿区新宿三丁目8-7 吉川ビル3F
18:00〜27:00(無休)
予算3,500円