西荻窪の駅周辺は飲み屋が多い。ターミナル駅でもないのに不思議。駅を出たその場から、昼間から飲んでいるおじさんたちで溢れるパラダイスです。なにが赤羽だ、なにが立石だ、中央線の杉並各駅のパワーはそんなもんじゃないぞ!(笑)
この街で生まれ育った私は、界隈の昼からやっている焼き鳥屋で両親の昼酒に付き合わされ、月に何度かは中野や新宿の酒場で開かれる作家たちの宴会にオマケとして顔を出してきました。幼いながらに、大人になったら駅前の酒場で昼から飲むもんだと思ったものです。まさか、それが杉並区や一部の地域だけのこととは知らずに。
乗降客数から地域の外食指数を計算し、どれくらいの店がどれくらい繁盛するなんていう計算は料飲業界ならば当たり前ですが、杉並区はそれが当てはまらなさそう。酒場特区とでもいいましょうか(笑)
休日はオレンジ色の電車がすべて通過してしまう街なのに、真っ昼間からレトロな横丁でおじさんたちがメートルをあげている。そんな杉並区へぜひ酒場散策にいらしてみてはいかがでしょう。
これからの季節、おでんでほっこり飲むなんて最高ですよね。改札から徒歩30秒で広がる南口飲み屋街の目抜き小路「サカエ通り」にある創業50余年の老舗酒場「千鳥」がイイお店です。
コの字カウンターの典型的な酒場のつくり。中央におでん鍋があり、それを囲むように20人ほどの席が並びます。天井の高さ、空間のまとまり感、琥珀色のカウンターに電球色の照明、席に座って一呼吸すれば、もうその心地よさにうっとりしてしまいます。
ビールは大びんでキリンレギュラーラガー(600円)、中びんで一番搾り(550円)、生ビールはめずらしく大樽ラガーが入っていて中ジョッキは530円とおでん屋として良心的な価格設定です。昔ながらの大きい中ジョッキなのが嬉しい。
それでは、ラガーで乾杯!
お通し(300円)は旬の食材をつかって季節を楽しませてくれます。大型飲食会社の企業努力による”コスパ”も好きですが、個人酒場の常連さんを飽きさせない気の利いた工夫は心が温まります。
肴は刺身が旬のもので700円前後、小鉢は300円台、ポテトサラダや板わさなど、ちょっとしたつまみが人気です。おでんは100円台から300円ほど。細かく値段は書かれていませんが、ご安心を。半世紀以上続き、いまでも18時を過ぎれば満席になるほどの地元の酒場、へんな値段設定のはずがありません。
はんぺん、ちくわぶ、さつまあげ。汁は白く透き通っています。江戸の下町・神田の飴色のそれとは違い、味付けは穏やか。上品な出汁は、がんもや大根など味を吸ったおでん種をお代りしたくなります。
ニスが塗られた艶やかに光る一枚板のカウンター、その上におでんとキリンラガー、老舗酒場には普段暮らしているなかでは出会うことのない、古き良き日本の色が残っています。
燗どうこが用意されていて、ぽくぽくと静かに湯気をだしています。流石に鶯谷の鍵屋のように胴が使われているなんていう年代物ではありませんが、ステンレスでもお燗の仕方はやっぱりどうこが嬉しい。
白鶴(1本400円)を上燗にしてもらいましょう。ぽちょんと入れて数分、慣れた感覚でぴしゃりときまった燗酒をだしてくれる。絶対、酒場マニアでないとわかってもらえないポイントでしょう。
「燗が上手い店はいい店だ」
にこごり(400円)をつまみに、猪口に注いだふんわり米の香るお燗をきゅっと口に含む。おでん鍋や燗どうこから来る温かい湯気が心地よい湿度をつくり、お燗酒を飲んだ後の呼吸そのものも気分がいい。
店のスタッフも近所にお住まいの方で、お客さんもご近所の常連さんが多い。ちょっとした街の話題が静かにかわされつつ、穏やかな時間が流れているカウンターです。店構えの渋さと清潔感、縄のれんをくぐり扉越しに中を覗く高揚感、席に座ってからお酒が出てくるまでのいっときだって、いい酒場だなって感じます。
西荻窪は特定のジャンルのお店ばかりが集中しているのではなく、様々なタイプのお店が駅周辺の狭いエリアに密集しています。梯子酒の楽しい街ですので、ぜひふらりと飲みにいらしてみてください。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
千鳥
03-3332-7111
東京都杉並区西荻南3-10-2
17:00~22:00(日祝定休)
予算2,000円