気軽に遠くへいけなくなってしまった2020年。旅先の酒場を訪ねることが難しくなった今だから、あの頃の思い出を記事にして、再び「飲み旅」できる日が訪れることを楽しみに待ちたいと思います。
旅のスタイルは人それぞれですが、私は列車の旅が基本です。日本国内はもちろん、海外でも。列車の旅は、目的地に向かう過程も魅力たっぷり。途中の知らない街で降りて郷土料理を味わい、流れる車窓から世界の広さを実感しつつお酒を飲んだり…。移動時間そのものがお酒の肴です。
今回は、フランスの首都・パリから、イギリスの首都・ロンドンに向かうお話です。ヨーロッパ大陸からドーバー海峡を挟んだグレートブリテン島へは、1994年に開通したユーロトンネル(英仏海峡トンネル)によって列車で渡ることが可能になりました。
ヨーロッパの食と酒を知るために、パリの中心街、オペラ座の近くのホテルで数日を過ごしました。セーヌ川にも近く、窓からはパリのシンボル・エッフェル塔がみえる環境でした。ただ、部屋からの眺めはご覧の通り、花の都というよりは、ずいぶん庶民派の街。ですが、カフェのワインも、ビストロの料理も、どれも素晴らしいものばかりでした。
パリ中心街にはいくつか中央駅がありまして、そのなかでここ「パリ北駅」は国際特急列車のターミナルとして使われています。宮殿のような駅舎と現代アートの対比は実にフランスらしい雰囲気です。
フランス北部方面のTGVや、ベルギー・オランダから来る国際高速列車タリスが、そろりそろりと入ってきます。慌ただしく次々列車が発着する東京駅の新幹線ホームとは大違い。ただ、日本とは違ってヨーロッパの列車はいつも遅れるイメージです。この日も、予約しているユーロスターが一向にやってこないというトラブルが待ち受けていました。
ベルギーやドイツに直通する列車は国内列車と同じように乗車するだけですが、ユーロスターは飛行機のように手荷物検査とイミグレーションを受けなければいけません。
そのため、パリ北駅の2階に儲けられた専用通路を通り、専用改札へと向かいます。
早く着いたので、カフェでペルノーソーダでも飲もうと思っていたのですが、イミグレーションを通過しないと不安なので諦めることに。
入国審査官にイギリスに入国する目的を「sightseeing(サイトシーイング・観光)」と話すも、もっと詳しく話してと言われ、正直にパブめぐりと答えました。審査官のおじさんはニンマリ。汽車のマークが入った専用のスタンプがパスポートに押され、イミグレを通過しました。
9時13分発予定・9015列車は、9時10分になってやっとホームに入線してきました。優雅なヨーロッパの汽車旅のつもりが、急かされて乗車するはめに。バリバリのイギリス英語の車掌さんが私の持つカメラをみて、まだ発車しないから写真撮ってきて大丈夫だよと話してくれて、そとでパシャり。
なんだか昆虫みたいな顔。イミグレ通過後の専用ホームは売店もなく、お酒は断念。ううーん。
最後尾に連結された1等車へ。大きな車体で1+2列のシート配置でとても広々としています。
コンセント、USB給電端子付き。
ビジネスマンに、ドイツ語を話すカップル、日本人は私だけでしょうか。4割ほどの乗車率で、列車はパリ北駅を定刻から10分遅れで発車しました。
朝の通勤時間帯ということもあり、前がつかえている様子。教会や石造りの建物が連なるダウンタウンの中をしばらくRER(ローカル列車)と並走し10分ほど。フランス語からはじまり、英語の放送をしていたアナウンスが終わった頃に、列車はパリ都市圏を抜けたようで、森や草原、ぶどう畑の中をぐんぐんと加速していきます。
あっという間に時速300キロほどに到達し、広大なヨーロッパ大地を蹴るように硬い乗り心地で列車は北へ一直線。
一等車は朝食のサービス付きということで、しばらくする給仕のスタッフがまわってきました。コーヒーか紅茶か聞かれ、思わずコーヒーを選んでしまいしたが、この列車はコーヒー文化圏と紅茶文化圏のライバル同士を結ぶ列車です。イギリス英語を話す給仕の人にあわせて、ここは紅茶にするべきだったでしょうか。いえ、むしろワインをせがむべき?(笑)
列車はノンストップでフランス北部・海に面した街「カレー」付近にやってきました。朝食を食べてぶどう畑を眺めていたらあっという間。パリ、ロンドン間は約2時間30分。東京・新大阪間とほぼ同じで、カレーは日本で例えるならば名古屋くらいでしょうか。
移民など様々な問題を抱えるヨーロッパ。イギリスへ唯一陸路でつながるユーロトンネルは、密入国やテロを警戒した厳重な監視体制が敷かれています。トンネルに入る楽しい瞬間を楽しもうと車窓をみていると、線路周辺の至るところに警備車両が監視していました。
そして、なにも案内もないままトンネルへ。あれ、もう入っちゃったの?
この旅の目的、実はドーバー海峡の下でワインを飲むこと。ユーロスターにはBar車両が連結されています。日本では観光列車だけの存在になってしまった食堂車やカフェテリア設備ですが、ヨーロッパではほぼ標準サービスです。
ユーロトンネルを最深部に向けて駆け下りるユーロスター。未来的なデザインのBARコーナーの雰囲気もあいまって、SF映画の宇宙船にいるような気分です。
サンドイッチやチップスなどの軽食と、イギリス・フランス両国のビール、フランスのワイン、イギリスのウイスキーが販売されています。
選んだワインは、「 L’Olivier de la Reze Minervois Rouge」、ラングドックのシラー系のかっちり系ワイン。フルボトルはありません。むしろ、東京・新大阪間の新幹線で720mlのワインを飲みきるかと言うと、流石に難しいですよね。
サンドイッチが大きい…。たまごサンドをつまみながら、流れ行く暗闇を眺めていると…
パリでの遅れを取り戻すかのような200キロを超える俊足ぶりで、20分ほどで地上にでました。グレートブリテン島のフォークストーンに顔をだし、イギリス国内も高速専用線を走ります。
畑の景色もフランスとは異なり、牧場が多い様子。そうしているうちに、車窓にはだんだん家々が増えてきました。
速度を落とし、複雑に入り組んだロンドンの鉄道網を縫うように走り、レトロなレンガの高架橋を進むといよいよ終点です。鉄道発祥の国の意地か、運が良かっただけか、定時の到着。
ここはロンドン側のターミナル・セントパンクラス駅(St Pancras International)。国際列車が発着するため、インターナショナルの文字が入ります。
列車を含め、ホーム全体を囲む開放感のある大屋根に、宮殿のような時計がかかる立派な駅は圧巻。
櫛形ホームの突端、ネオゴシック建築の駅舎に囲まれた中央には「THE MEETING PLACE」という高さ9mもあるブロンズ像がたっています。再開と別れの場を描写したというもの。
近くには、日本のテレビでも紹介された「駅ピアノ」や、ロンドンプライドのドラフトを味わえるステーションパブなどがあります。
セントパンクラス駅と一体化しているキングス・クロス駅は、ハリーポッターに登場するホグワーツ魔法学校へ向かう汽車が発着する「9と3/4番線」あり、多くの人が記念撮影をしています。
さー、ワインの国からビールとウイスキーの国へ。パブ巡りをはじめましょうか。
パリからワインを飲んでのんびり車窓を眺めていれば気軽に訪ねることができた、ロンドン。
世界が日常を取り戻したら、今度はロンドンからパリへ、飲み旅・飲み鉄を楽しみたいものです。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)