1968年(昭和43年)創業の樽一は、半世紀続く新宿の銘店です。初代佐藤孝さんが脱サラをして、まだ地酒が珍しかった時代に宮城の銘酒「浦霞」と三陸の幸、そして鯨を看板に掲げてはじまった居酒屋です。学生の街・高田馬場で開業しましたが、学生お断りの大人の飲み屋だったそう。それもそう、今以上に貴重な浦霞と三陸の料理ですから。
東京に未進出だった浦霞が飲める店として話題となり、新宿へ移転。歌舞伎町交差点近くの飲食店ビルの5階で40年「浦霞と鯨の飲み屋」としてたくさんのファンに愛されてきました。私も移転前に飲みに伺ったことがあり、浮ついた店の多い一画で、どっしり構える名居酒屋のオーラに惚れ惚れしたものです。
そんな樽一ですが、2013年にビルの老朽化に伴い移転。新宿歌舞伎町の区役所通りで、シタディーンセントラル東京(一階にローソンが入る新しいビジネスホテル)の地階に移りました。
真新しい雰囲気で、はじめは「移転で味わいがないぴかぴかなお店になっていたらどうしよう…」と思うかもしれませんが、心配ご無用。
昔ながらの飲み屋のぬくもりをそのままに、天井は高く広さと清潔感のあるいい雰囲気。広がるテーブル席でみんながワイワイガヤガヤとする飲み屋ならではの熱量があります。
大箱なので余裕をもって宴会も可能です。まるで温泉旅館にきたようなほっとするふすまに仕切られた部屋が並びます。ふすまを外すことで臨機応変に部屋のサイズは変えられるそうです。
新宿でちゃんとした大人が5000円前後で使える落ち着いた居酒屋をいざ考えてみると、実は少ない。筆者も最近、10人以上の宴会の店選びを考えたことがありますが、そうだ、それこそ樽一があるじゃないかと。
一人での利用や、料理をつまみながら隣り合って飲みたいときのカウンター席。2名から使えるテーブル席など使い方はいろいろ。新宿で魚と日本酒が美味しい居酒屋はどこ?というときにぴったりなので覚えておいて損はありません。
瓶ビールは一番搾り。取材時は2017年版の限定醸造「一番搾り東京に乾杯」があり、まずは乾杯。
樽一といえば鯨。新宿で鯨と言えば樽一。初代は捕鯨船の船長を目指し水産学を学んだ方で、日本鯨類研究所に就職。鯨をだす居酒屋は数あれど、こんなにしっかりした経歴の持ち主は他にいるのでしょうか。店の入口には巨大な鯨の一部がお守りのような飾られています。
くじらの三種盛り(3,000円)は赤身、本皮、さえずり(舌)のセット。グループで飲みに来たら、まずは悩まずこれを頼むという常連さんも多く、食べやすい部位なので鯨刺しの入門としても良さそうです。
久しぶりに食べる鯨三昧、やっぱり美味しいなー。鯨の美味しさを思い出したところで、ちょっぴり通好みのハツ刺し(1,000円)を。かなり珍しいくじらの心臓のお刺身。いまはご禁制の品・レバ刺しに似た味で、ごま油と醤油でどうぞ。コリコリとした食感もクセになります。
鯨は定番ベーコンからクジラをつかったハリハリ鍋も楽しめます。くじら料理の定番、大和煮は自家製。ステーキ以外にも食べ方は様々です。
くじら料理と並んで樽一の人気を牽引する東北・三陸の食材をつかった料理の数々。生牡蠣や笹蒲鉾は大定番。そんな生牡蠣も東日本大震災から3年を経て復活した復興食材だそうです。
ひとつひとつがしっかりとボリュームがあるおつまみたち。居酒屋の基本料理も一手間二手間かけたものばかり。奇をてらったものでなく、純粋にこれを肴に飲みたいなと感じさせます。店名を冠した樽一ばくだんはたっぷりの刺身といくらを納豆とあえて食べる一品。
日替わりのおすすめ料理。え、ラーメン!?
宴会は3,000円から。樽一の宴会は平日から人気なので余裕を持って予約したほうが良さそうです。
三陸の珍味のひとつ、東北では知られた酒の肴だそうですが、ここで初めて食した「松藻」。もずくを乾燥させたようなもので、程よい塩分と強い旨味。かんでいると滑りがでてきて、これが日本酒を誘います。
季節を感じる活けハモ落とし。大衆酒場より1ランク上の割烹系料理がバランスよく加わっているので、年配の方へも安心して紹介できます。
ちびちび日本酒やビールを飲みながらつまむのにぴったりのごぼう唐揚げ。かりっと揚がっていて軽い食感。定番料理ではホッケに注いで注文が多い料理とのこと。飲んでしゃべって、自然と手が伸びてとまりません。
さて、樽一といえば浦霞。樽一の出店に際し、浦霞は資本参加するほどの関係だったそうで、そうして生まれた樽一向けの金ラベル。浦霞の原酒です。開業当初はこれ一本でスタートし、その後、浦霞の通常銘柄や新たな樽一限定浦霞、そして社長が全国からみつけてきた各地の日本酒が加わりますが、いまでも主力は金ラベル「樽一特選酒」なのだそう。
現在進行系の日本酒ブームの以前から集まっていた樽一の地酒。話題の銘柄もありますが、お酒と肴の関係を50年続けてきた老舗だからこその肉厚なラインナップで力強さを感じます。飲み屋の印象はスタッフ、客層、料理、その日の天気、そして何と言っても一期一会の日本酒たちでかわります。
しんちゃんの愛称で親しまれる二代目・佐藤慎太郎さん。飲み屋の大将になるべくして生まれてきたような愛嬌と熱意と、なにより楽しませることに全力な姿勢ががんがんと伝わってきます。まさに「超イケてる大将」です。
各テーブルをまわってお酒を振る舞ったり乾杯したりと、お客さんとの交流に熱心。しんちゃんに会いたくて通う常連さんはきっとすごく大い。
トトト、では乾杯!原酒の度数を感じさせないまろやかな味の金ラベル。しんちゃんのトークと店の居心地の良さもあいまって、ついつい飲みすぎてしまいます。
歌舞伎町の入り口の旧店舗で40年、現在の店舗に移転して4年。激戦区の新宿でこれだけ続けるのは並大抵のことではありません。実直に「酒、肴、気分の良い店、人柄」を追求し続けてきた結果が今にあるように思います。
新宿という地名が持つイメージは人それぞれ。私はこういう歴史ある名居酒屋がしっかり息づく新宿が大好きです。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ 取材協力/キリンビール株式会社東京支社)
樽一新宿本店 | |
住所 | 東京都新宿区歌舞伎町1-2-9 |
営業時間 | 営業時間 月~土 17:00 ~22:00(21時L.O) 定休日 日祝 12月30日~1月4日 8月11日~15日 |
開業時期 | 1968年 |
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