世界最大の魚介取扱量を誇る東京中央卸売市場。日本各地だけでなく世界中からありとあらゆる海産物が運ばれてきます。皆さんご存知の通り東京観光に欠かせないスポットでもあり、曜日を問わず多くの観光客で賑わいます。
場外市場は一般客向けの海産物関係の商店が立ち並び、海鮮丼の店や立ち食い中華そばなどの屋台風な食事処も人気です。
場外を”BtoC”というならば、場内、つまりは東京都が管理する市場の敷地内にある海産物屋はBtoBの店。東京や隣県の魚屋や寿司屋、居酒屋など魚を商品として扱う人たちが買い付けに来ます。港から魚を運ぶドライバーも、荷受7社(一次卸し)も仲卸で働く人も、もちろん仕入れに来る人たちだってみんな魚のプロというわけ。
そんな彼らが食べる職域食堂たる店が場内には多数あります。すっかりメジャーになり観光客向けとなったお店も多いですが、いまも職域の人を相手に飾りっ気のない男メシを食べさせる食堂が残っています。
「磯野家」もそのひとつで今年で創業から66年を迎える老舗。場内の食堂が並ぶ一画と少し離れた棟にあり、店先には市場で最強の乗り物・ターレットトラックが無造作に並んでいます。
店の一階は寿司屋になっており、二階が食堂です。
パイプ椅子と合板の質素なテーブルが並ぶ実用本位の空間は白長靴や安全靴が似合います。ですが、あまり知られていませんが奥にはまるで田舎の民宿にあるような絨毯の廊下が伸びており、その先に隠れ宴会間があります。なお、店の閉店時間は16時です。つまり、昼酒専用の宴会広間というわけ。
築地の人々の生活は早い。夜が明ける前がピークであり、観光客が集う頃には多くの業務は終了しています。そんな彼らのための食堂ですが、朝7時に開店し午後3時ごろには閉店ムードになります。食堂といっても、市場の人にとってみれば晩酌のようなもの。仕事終わりの一杯を楽しむ人でいっぱいになるのです。
市場内ということもあり、もちろん魚介類が豊富で美味しいのですが、働く男女の食堂飲みはパワフルな料理のほうが人気です。中華に洋食に汁ものとなんでもござれ。
カレーライスやオムライスにビールというのも、素敵じゃないですか。
とはいえ、やはり市場の刺身は美味しい。観光客向けではないので内容に派手さは感じられませんが、千円から二千円の刺盛りは大変素晴らしい刺身がたっぷりとでてきます。
深い鉢にぎゅっと詰め込まれているので少なく見えますが、これでもかと厚みがあり、本業がみても納得の刺身が用意されています。
盛り合わせではなく、青魚などの単品にすると千円以下で楽しめて、それでいて鮮度・脂ののりなどの質は抜群にいい。
筆者も週に一度は磯野家で昼酒に勤しんでいますが、刺身の気分ではないときは大抵、鮭バター焼きを頼んでいます。カキフライやエビフライなど、人気の料理は他にもあるのですが、赤星を傾けながら窓越しの昼間の太陽に照らされた鮭バターが止められません。
肉豆腐など、がっつり系の肉料理もボリューム満点。場内に来ておきながら、チキンピラフや肉丼といった”非”魚介をあえて頼むようになればあなたもすっかり築地の人。
日本酒は新潟の銘酒・吉野川の300瓶と、長者盛の一合の2種類のみ。喉の渇きを赤星で潤した後はチビチビと冷酒を飲むのがいい。次々集まってくる市場の人たちの雰囲気がなによりの肴になります。
一階は系列の寿司屋となっていて、ここの寿司もなかなか美味。行列ができる人気寿司屋もよいのですが、ここでちょいちょいと摘んで軽く一寸一杯というほうが粋かもしれません。
同じ経営なので、寿司屋のまかないは上の食堂・磯野家から下りてきます。逆に、裏メニューとして食堂で寿司をとるという技もあり。ビールや刺身の一部も共通なので、食堂の刺身類のレベルが高いことも頷けます。食堂で軽く飲んでから階段をくだり、寿司の磯野にハシゴしてちょいと握ってもらう、そんな市場の昼酒はいかがでしょうか。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
磯野家
03-3542-1954
東京都中央区築地5-2-1 築地市場
7:00~16:00(営業日は市場開場日に準ずる)
予算2,000円