今日は戸畑駅にやってきました。この街は明治の中頃までは小さな漁村でしたが、その後、近代化という巨大な時代の変化に飲み込まれます。門司と福岡を結ぶ大動脈「九州鉄道」(現:JR九州・鹿児島本線)の開通、そして大正に入ると旭硝子、八幡製鉄が進出し、九州でも有数の第二次産業都市へと姿を変えます。
街の変化は酒場の変化。大量の労働者の集中により、街は日夜問わず酒を求める人で溢れます。それに応えるべく、巨大化した戸畑の繁華街。酒屋では店先で酒を飲ませる「角打ち」がヒットします。それから100年。
現在も戸畑は北九州工業地帯の中枢都市として、新日鉄住金の八幡製鉄所を始め多くの大手企業の工場が集中する工業の街です。国立九州工業大学も、最寄りの街は戸畑です。
決して人がいないわけではないのですが、消費の多様化や商業施設のオープンの影響もあってか昔からの繁華街に賑わいはありません。目指す酒販店はこの先。この様子だと角打ちも衰退してしまったかと一抹の不安を感じつつ進みます。
「はらぐち酒店」のかくうちと書かれた扉を開けた瞬間、そこはまるで満員電車の混雑ぶり。外と中では大違い。二重、三重になって常連さんたちがお酒を口へ運んでいます。
扉前の一人がやっと立てるスペースを、常連さんのはからいで空けてもらい、そこに収まります。
「なににするー!?」とカウンターから元気に声をかけてくれた女将さん。ビール小瓶でー!
ビールは常連さんのリレーで私の手元へ。では乾杯!周囲のお客さんたちも「はい、乾杯!」と杯を合わせてくれました。ここのお客さんは皆さん会話好きで人懐こい。ぐいぐい店のペースに飲まれていきます。それが楽しくて嬉しくて。
酒屋の建物の一部スペースを立ち飲みにした「はらぐち酒店」は、角打ちであっても飲食店の届け出がされており、女将さん手作りの料理は街の大衆酒場にも負けないと評判です。
ビールは生樽がアサヒ、ビンでは各社取り揃え。700mlほど入る大生が410円、大瓶でも360円と目を疑うほどの安さ。
日本酒も安い。そして各地の地酒がバランスよく並んでいるのも嬉しいです。寒北斗(嘉麻市)、戸切・旭菊酒造(久留米市)、大賀(筑紫野市)と福岡の地酒もしっかり揃っています。
正一合で300円からと、これまた安い。
刺身にピーマン肉詰めまで揃う角打ちは、そうあるものではありません。そうかと思えば、ワインを勉強したお嫁さんが選ぶワインからグレンフィディック12年まで、もうお酒ならおまかせあれという力強いラインナップも素晴らしい。
大賀は福岡で一番歴史のある酒蔵。ここの純米吟醸(350円)をきゅっと飲みつつ、ししゃもを肴にいい気分。お隣で飲む男性は、すぐそこの鮮魚店の方。仕事の合間に抜け出して一杯だそう。店番中のもうひとりは、入れ替わりでやはり角打ちに来るのだとか。
鯨の刺身に串かつ。もはや角打ちというより、立派な立ち飲み屋。
お酒は明治創業、大分県杵築市の中野酒造がつくる「ちえびじん」。九州は焼酎の産地というイメージが強いですが、実は日本酒もいいもの揃い。山と海が変化に富めば自然とお酒は美味しくなります。
酒屋で100年、角打ちで50年の歴史をもつはらぐち酒店。二代目の女将さんと三代目のお嫁さんが中心に切り盛りされ、店の雰囲気はとても明るい。日本酒を一通り飲んだ後は、ワインを選んでもらいました。
途端に気分はスペインのバル?(笑)
常連さん同士の交流もあり、毎年お花見も開催するほどの仲だそう。職場と家庭だけではなく、第三の居場所として角打ちは機能しているように思います。
北九州の歴史を感じ、そして楽しく酔っ払える素敵な角打ちを覗いてみませんか。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
はらぐち酒店
093-871-2150
福岡県北九州市戸畑区中本町4-19
14:00~19:00(土日月定休)
予算1,200円