終戦から数年、混乱収まらぬ上野は巨大な闇市が生まれ、現在のアメ横へとつながります。闇市の生活必需品はやがてアメ横へ。そして空腹を満たしてきた掘っ立て小屋の食堂は上野の飲み屋街へと姿を変えていきます。
1950年創業の大統領は上野闇市時代をいまに残す代表的な酒場で、今年で創業68年を迎えます。もとは国電ガード下で煮込みを提供するトイレもない小さな酒場でしたが、鮮度のよいモツ肉が評判を呼びます。近年では肉の大山と大昌園とこれまた上野の老舗肉料理店に挟まる場所に支店を開店。上野の飲み屋街は闇市の肉飲み屋が牽引してきたといっても過言ではありません。
老若男女、一人からグループまでどんな客層でも安心して紹介できるのはこちら支店のほう。年中無休、午前10時から営業のパワフルな飲み屋。悩んだら大統領で間違いありません。昼間から千客万来、ノンベエで溢れかえります。お店のスタッフも下町飲み屋らしいチャキチャキな接客ですが、そこまで「べらぼうめぇ」タイプではないのでご安心を。
大統領といえばポットから注がれる日本酒です。二級と一級、昔の呼び名が今も残ります。一級は灘五郷の酒蔵・沢の鶴です。生ビールはご近所企業アサヒのスーパードライ。瓶ビールは昔からのおつきあい、キリンラガー。大統領の酎ハイ(花月炭酸・元長田工業)やホッピー(元コクカ)、電氣ブラン(合同酒精)の取扱の歴史も長く、品書きに肩を並べるメーカーにはなくてはならない”料飲店様”です。
北の玄関口・上野の大衆酒場らしく、この街に集った人たちの故郷の日本酒が揃えられているのも特長。
大統領といえば特製煮込み(420円)は悩まず頼む一品。もつ焼き串は5本で450円と懐の心配ご無用です。タン、ハツ、シロ、カシラといった定番のほかにギッシュやフエ、テッポーといったイレギュラーも揃え単品ならば2本セットで180円です。牛テール煮やギアラ塩焼など牛ホルモンもあります。
大統領で飲むラガービールは格別美味しい。トトトと瓶を傾け、ビアタンを無意識に口へ運んでいくこの瞬間、大統領の景色の一つになれた気がして、それが通い始めた頃から無性に好きなんです。苦さと軽さのバランスがいいラガーで乾杯!
大統領支店のポテトサラダは軽くコショウを効かせて、マヨっぽさもしっかり。白身の食感ときゅうりの歯ごたえ、そしてビールをくいっと。もつ焼きのタレを後からかける裏技もお試しあれ。
ホッピーでハッピー。闇市、もつ焼き、ホッピーは戦後東京を酔いで支えたエネルギー源です。大統領のナカは巷の居酒屋の倍は入っていますのでお昼から飲み過ぎ注意。
創業から変わらぬ特製煮込み。いつも食べる煮込みと比べ脂がすくなくクセも違い、不思議と後をひきます。その訳、実は馬モツだから。七味をたっぷりかけて頬張り、ホッピーをぐいっとあわせたい。
続いて串5本がやってきました。百円を切るのに大きさは十分。飛ぶように売れるお店だから鮮度は抜群です。焼き置きは原則していないのも嬉しい。
しっかり甘じょっぱい濃厚なタレはいかにも下町の味。塩、タレ選ぶならば、タレも含めて大統領の味なのでこちらをおすすめしたいです。
イカをすりつぶしてつくねにしたいかボール焼(2本350円)は磯風味のあるお餅のようなもの。ぷっくりした焦げ目と醤油がいいあんばい。
こうなると日本酒が欲しくなります。一級、二級は好みがわかれますが、社会人なりたての頃に少ないお小遣いを握りしめて飲んでいた二級酒が忘れられません。ポットから角七酌へ燗酒が注がれる瞬間、テンションが上がります。
ほら、美味しそう。漂う醸造用アルコールのにおいも、ほんのり熱くなった肉厚のガラスも、そして普通酒の粗放な味もたまりません。
キムチや紅白の酢だこなど上野の土地柄を感じる小皿も充実していて、一寸一杯のつもりが思いの外長居になってしまう大統領支店。ほかにも飲み屋が多いので根が生える前にもう一軒いきましょうか。
「よっ、大統領!」と呼ぶ酒場の掛け声が店名の由来。ならば、やっぱり大統領支店は「よっ、副大統領!」で間違いないでしょう。
ふざけた酔いどれ会話をしつつ、梯子酒。
ごちそうさま。
(取材・文・撮影/塩見 なゆ)
もつ焼き 大統領 支店
03-3834-2655
東京都台東区上野6-13-2
10:00~24:00(無休)
予算1,800円