馬喰町「佐原屋」 語らずとも伝わる酒場の重厚感と品格

馬喰町「佐原屋」 語らずとも伝わる酒場の重厚感と品格

2017年4月4日

馬喰町にある佐原屋は、どっしりと構えて品のある酒場の佇まい。3ケタの電話番号が記された藍色の暖簾に白い電照看板の店構えは、酒場を愛でる者にはたまらない店構えです。最近扉を改修しましたが、以前は両開きのガラス戸で、ガラガラと開けるときの音や隙間風に懐かしさがあり、それはそれで味わいがあるものでした。

創業は1965年。東神田の問屋街の日常酒場として誕生。問屋業の人で昔は賑わったそうで、現在はオフィスで働く会社員や近隣のマンション住民が常連客です。街の変化にあわせて客層も変わりますが、それを黙ってずっと見続けているのが酒場なのだと思います。

店は典型的な戦後の酒場のつくりで、直線のカウンターとテーブル席、奥には小上がりという造り。カウンターの内側が花板で、渋く貫禄のある大将がもくもくと包丁を握ります。古くとも手入れの行き届いた店内は、現代の人にもきっと受け入れられる大人の味わいです。

品書きは手元にはなく、すべて短冊から選びます。鯨ベーコンやレバカツ、ポテトサラダなど流行に左右されない酒場の”いつもの”が並びます。

接客は女将さんが担当。笑顔でてきぱきと動く方で、お客さんに対して常連から一見まで変わらぬ優しさで接してくれます。

店内の随所が少しずつ新しくなっていますが、佐原屋の内装で一番はこの丸椅子のカバーでしょう。カウンターの造作もタイル張りと建築当初の大工のこだわりがみてとれます。この椅子にやや斜めに腰掛けて、瓶ビールや燗酒を飲む大人に憧れてきました。

少し奥側に向けて傾いたカウンターは、こぼしたときにお客さんに掛からないようにというこだわり。伝統ある東京の酒場に多い白木のカウンターにサッポロの生はしっくりきます。

サッポロビールは中央区銀座で創業した日本麦酒が原点の一つでもあり、そんな背景から中央区の老舗は驚くほどサッポロ率が高い。ガス圧はやや高めで勢いよく注いで、最後に泡をのせる独特な注ぎ方の佐原屋の生ビールは、サッポロの公式とは異なるものの、これで美味しいからよいのです。乾杯。

黒板から今日のおすすめを。旬のホタルイカは山葵か酢味噌が選べます。冬季はカキフライがでるなど季節を感じる内容で日々変化する佐原屋のおすすめは、個人店酒場ならではの価値があります。

お酒は地酒を一合瓶で10種類揃えています。初孫や月山など、トレンドに左右されず昔からみんなが飲んできた銘柄が中心です。

普通酒は白鶴。一合270円で、燗酒はこれになります。白木のカウンターに白鶴の徳利お猪口。いい絵だと思いませんか。

この小さなお猪口をちびちびと口に運ぶのがいいのです。などと言いながら、そのうちビヤタンで飲み始めそうでもあったり。

唐揚げや串かつなど揚げ物が人気で、常連さんの多いこの店でも揚げ物のオーダーは多い。

例えばこのハムカツ。300円台とリーズナブルで、なにか派手なわけでもないですが、バランスの良いハムの厚みと衣のボリュームで、まさしく昭和酒場の味なのです。昨今、ネット受けのよう派手な肴が人気ですが、佐原屋の肴は変わらず実直であることがいいのです。

酎ハイは甲類をベースに瓶の炭酸でつくるもの。レモンを絞りいれて一杯380円。樽詰めでもコンクでもない、これもまた昭和の酎ハイの基本のようなもの。酎ハイタンブラーが20年ほど前のサッポロビールの五稜星が赤い星時代のものが現役で使われているのもたまらない。

渋くてかっこいい、重厚感と酒場の品がありつつも、威張らず堅苦しさもない実の心地の良い酒場です。高層ビルの建設が続く都心にも、まだまだ昭和のいい店が路地裏で静かに営業しています。

酒場を愛する皆さん、そっと覗いてみてはいかがでしょう。きっと満たされた気分になりますよ。

ごちそうさま。

(取材・文・撮影/塩見 なゆ)

佐原屋
03-3866-3941
東京都千代田区東神田1-14-14
17:00~22:00(土日祝定休)
予算2,200円