久留米「酒蔵松竹 本店」 経済成長の余韻を肴に、働く男の飲み処

久留米「酒蔵松竹 本店」 経済成長の余韻を肴に、働く男の飲み処

2017年9月4日

今日は筑後平野の中心都市・久留米の街から定番飲み屋「松竹本店」をご紹介します。

その前にちょっと街の話。九州最大の平地である筑後平野はその中央を筑後川が有明海へと流れ、豊かな水資源や開拓のし易い大地により古くから米の生産で潤いました。かつ久留米は熊本と福岡を結ぶ薩摩街道の宿場「府中宿」として人やモノが集まる場所でもあり、久留米絣(かすり)など加工品の製造にも優れ、古くから栄えてきた街です。

歴史ある街にはいい酒場があるもので、久留米の夜は奥深いのです。

さて、久留米の玄関は九州新幹線も停車するJR久留米駅と地元・福岡の私鉄、西鉄電車の西鉄久留米駅の二つがあります。この駅間は約2キロで、概ねそこに挟まれた一帯に市役所などの行政機関や繁華街が形成されています。

駅前の賑わいは西鉄側に軍配があがっていますが、両駅間は170円で乗車できる西鉄の路線バスが時刻表いらずの高頻度で結んでいて、バスに乗るもよし、歩いてもう一軒梯子酒というのもあり。

空襲によって甚大な戦災を受けた久留米は街全体に色濃く闇市の名残があり、料理も名物の久留米焼鳥や久留米発祥と言われるとんこつラーメンなど、屋台色の強いものが多いです。

人口一人あたりの焼鳥屋の数が日本一多いと言われている久留米。街中にも焼き鳥屋が並んでのれんを掲げていることは当たり前。人気店は夕暮れどきから満席になることも多く、久留米の人は本当に焼鳥が好きなようで。ちなみに、久留米の焼鳥は鶏だけでなく豚や牛になんと魚介類までを含みます。

駅前の大通り(明治通り)には日暮れを過ぎるとラーメン屋台に明かりが灯ります。ラーメンだけでなくホルモン炒めや餃子を肴に飲めるので、好きな人にはたまりません。福岡の屋台よりも硬派で本格的。敷居が高く感じますが、お好きならば飛び込んでみるべし。

さて、話を戻しまして松竹本店へ。店名の「松竹」はご存知、あの興行の松竹。建物にはおなじみの松竹印が入ります。明治のころより芸者が多く、歓楽街としてきらびやかだった久留米は同時に映画の街でもありました。いまでこそシネコンに役割は移っていますが、飲み屋の建物としてしっかりと町の歴史が刻まれています。

現在は興行施設として使用されていない松竹会館ですが、その地階には昼から営業している80席以上の巨大な酒場・松竹本店があり、地元のお父さんたちに愛され続けています。

店先に掲げられた「和風パブ松竹本店」の看板は見逃せません。

一階はお弁当売り場で、飲み屋には階段で地階へ。

どどーんと広がる飲み空間。座敷、テーブル、カウンターとなんでもありで、一人でも宴会にでも使えます。営業は午前11時から午後11時までの12時間。まさにフレキシビリティーの極み。

さて、飲み物から。ビールは昔ながらの中ジョッキで490円、黒ラベルとヱビス、そして珍しい麦とホップも樽詰も発見。ビールテイスト飲料(新ジャンル)とはいえ一杯250円はとってもお財布に優しいです。

米どころ筑後平野は九州を代表する酒の産地。三井の寿など土地の色がでている品書きが嬉しい。一杯300円台からと、昼酒でこんな価格ならば近所だと入り浸ってしまいそうです。

もちろん焼酎もある”ばい”。しかも和ら麦が250円(以下税別)など笑ってしまう値段。

とはいえ、やっぱり一杯目は生ビール。柱には昔のサッポロビールのイメージキャラクター西田敏行さんの満面の笑みで「ぷはー」とやっているポスターがあり、私も思わず乾杯からのぷはーっ!

お酒は常時80種類、メニューも同じくらいあり、刺身から天ぷら、カツ丼に蕎麦うどんまであります。丼物で人気の豚丼(556円)を頬張るご飯利用のサラリーマンの横で、年配のご夫婦はお寿司をつまんでいらっしゃる。

午後の女子ゴルフ中継を眺めて焼酎お湯割りで耳を赤くする野球帽姿のお父さんまで、豊富なメニューをみんなそれぞれの形で満喫しているのが印象的。

もちろん、久留米に来たら食べておきたい焼鳥も1本100円から充実。「ダルム」という呼び名が久留米の特長で、古くから医師の街として栄えてきた名残。ドイツ語で小腸の意味。

さて、色々あって迷うのですがイチオシは冷やっこスペシャル(370円)。揚げなすにトマトまでついた贅沢な掬い豆腐、塩や九州らしい甘いつゆをつけて召し上がれ。それにしてもどの料理もとっても安い。

1963年(昭和38年)の創業当時から愛され続ける変わらぬ定番料理「鶏もも素揚げ」は、このインパクトで380円。下味などはつけずにシンプルに塩だけで味付けをして素揚げしたもの。高温で一気に揚げるので表面はパリパリ。中は火が通っているのにぱさつかない絶妙な揚げ具合で、とにかく美味しいの一言。

そのまま出してくれますが、お店のお姉さんが、食べにくければカットしますからねと気を利かせてくれます。そうここは安いだけでなく接客も親身なのです。ドレッシングでちゃんと味付けされているキャベツも含め、とにかく良心的。

厨房は店内の数カ所にあり、ちょっとしたフードコートのような雰囲気。広いお店なのですが、随所に味わいのある柱や暖簾があり、座ってみるとずっとここで飲んでいたくなるような落ち着きです。

「医者」「芸者」「人力車」で久留米の三しゃという言葉があります。3つの”しゃ”で久留米は栄え、交通の”しゃ”は形を変えて久留米を代表する企業・世界シェア2位のタイヤメーカーであるブリジストンへと繋がります。

医者が多いから久留米焼鳥に「ダルム」、芸の街だから映画館のビル、タイヤをはじめ産業の街だから午前から営業する店がある。酒場はやっぱり街を写す鏡でしょう。

ごちそうさま。

(取材・文・撮影/塩見 なゆ)

酒蔵松竹 本店
0942-39-2370
福岡県久留米市東町34-32
11:00~23:00(基本無休)
予算2,000円